医学専門 校閲者・翻訳者/医療啓蒙
○医学書編集者への提言
読者として医学書、医学雑誌、看護学書に触れていて日頃感じている問題点を述べました。著者、編集者の参考になり、医学書が少しでも改善されればと思います。私が原稿作成、校閲を頼まれて作業をするときには勿論、ここで述べた事項に注意して作業をしています。
皆様が他社に差をつけてよりよい医学書を作りたいというのであれば、私は編集者の皆様の力になることができます。
医学書の読者として申し上げます。医学書出版社の編集者はきちんと作業をしているつもりでも、意外に校正ミス、内容の誤り、読者の読みやすさや理解しやすさを無視した記述など多くの問題が残っていることがとても多いです。しかも、医学書出版社社員はそのことに気付いていなかったりします。
ここでは自分の作文能力は棚上げし、読者として感じていること、原稿校閲をしている同業者としての意見を述べます。ちょっだけ自慢話をすると、「査読/原稿校閲のプロ」などと某編集部からは言われた人間の意見なので、それなりに参考になると思います。
以下に述べるような問題のある文章を読者が読んでいてどう思うか想像すると、対策の必要性を認識できます。あるいは、ここの記述を理解できる会社はすでに対策を講じているか、その予定があるところでしょう。
出版社に苦情を言ってきてくれるの人はまずいないのではないでしょうか。苦情が来ない、少ないから問題ないと思っていて大丈夫ですか。読者はだまってその本をし捨てています。
●よくある誤字、漢字変換ミス
「被膜」と「皮膜」
「偽陽性」と「疑陽性」
「用量」と「容量」
その他の例としては弛緩/子癇、灌流と還流
著者の漢字変換ミスの他、座談会や講演会の文字起こしでも、医学知識が不十分な人が作業を行うと、漢字変換ミスが起こりやすくなります。
●英語文献引用時に起こる問題
英語文献を参照して著者が執筆しているときには、英語を的確な用語に訳せていない場合があります。特に著者にとって専門外の疾患名でよく起こります。辞書には必ずしも正しい訳語が書かれてはいませんから、それぞれの診療科の教科書などで確認したほうがよい場合があります。
<例> リウマチ性関節炎 rheumatoid artheritis→関節リウマチ
色素性網膜炎 retinitis pigmentosa→網膜色素変性症
●英単語のスペル
医学部医学科出身者でもないと医学英語に触れる機会がないためか、スペルのミスが残っている場合があります。フランス語やドイツ語特有の文字が正しく表記されていない、ギリシャ文字を正しく書いていない例もあります(βではなくbと書いていたものがありました)。
●著者の勘違い、誤った記憶による記述
正確には覚えていませんが「アトルバスタチン」を「アトラバスタチン」といった感じだったか、医学雑誌の記事の中でずっと書き間違えていた先生がいました。これなども編集者に一定の医学知識があれば避けられたのにそのまま出版されてしまっていました。
●新旧用語の不統一
肝酵素のGOT/GPT、AST/ALTの両者が記事内で混在していた例がありました。その論文の著者は新旧両者の用語を紹介するつもりが、原稿執筆途中でどちらの用語を採用して作文をするか頭の整理ができていなかったようでした。
●古い用語、知識の混在
用語が変わったときには、それが普及するまでに有る程度は時間がかかります。その移行時期には出版の日程の都合上、新しい用語に書き換えられない場合もあり得ます。しかし、専門外の分野に関しては著者は知識の吸収が遅れがちで、どうしても古い用語を使って原稿を書いてしまう場合があります。これを避けるには幅広い医学知識を有する校正者がじっくり原稿の管理をする必要があります。
●説明なしの用語使用
著者にはなじみがあっても初学者、学生、非専門医には分かりにくい用語をいきなり使っている例を多く見かけます。多くの編集者が「自分は分からなくても医療関係者には分かるのだろう」と思い込むのか、注釈などつけられることもなく発刊されています。
●図内の矢印挿入
著者は写真の実物を見ているし、その分野の専門ですから、異常部位の認識は容易ですが、読者は分からないから勉強のために本を読んでいます。写真に印刷すると見づらくなる場合もあります。それなのに図中に異常部位に矢印がなく、どこが異常所見なのか分かりにくい場合があります。異常以前にどの方向からどこを眺めているのか分かりにくい場合があります。エコー写真などは特に不慣れな人には分かりにくく、自分で記録したものでないと経験者でも分かりににくいです。他者に分かるように丁寧に図内への説明書き込みをしてほしいと思うことがよくあります。
●略語の濫用
これは実に多いです。著者にとっては原稿を書きやすいし、なじみのある略語で便利です。しかし、分からないから学習のために本を読んでいる読者には非常に読みづらいです。WBC, CKみたいに誰でもよくみかける略語ならともかく、著者が原稿執筆の都合だけで自分勝手に略語を作ってしまう、一つの雑誌の中で著者により異なる略語を使うなどの場合は読者には不親切で読みにくいです。
編集者は適宜略語に制限を加えて書き直すなどの対応をとるのが読者には親切に思えます。
●監修者、監訳者
名義貸しに等しい監修者、監訳者は考えものです。いくら監修者として名前だけ貸して実際の作業はしなくてもよいという医学界の慣習があるにしても、本の出来栄えがひどいことがあります。特に翻訳本では誤訳が残っていたり、読みにくい不自然な文章のことは珍しくありません。監修、監訳者は名義だけ貸せばよいと考えがちなのを編集者は理解する必要があります。
●手術の解説書
初学者が読んでも分かりにくい図書が多いです。何をどうするかについて手術の要点が分からい他、図が身体のどの部分をどの方向からみているのか分かりにくいこともあります。編集者が読んでわからないものは、勉強のために読んでいる初学者も分からないと思って編集上の対応をしてもらいたいです。
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●編集プロダクション、校正会社への外注
下請けの校正者に外注している校正会社だと、下請けが受け取る金額はかなり低くなる場合があります。私も、監修作業を含めた校正業務を引き受けたところ、良心的にある程度の細かさは維持してやったら日給が学生や主婦のアルバイト以下の金額だったことがあります。医療専門知識を要する作業を丁寧にやってこれでは辛いです。細かなところまで丁寧に見てもらい、著者に代わりに大幅な修正までしてもらいたいならば、直接個人の校正者に頼むのがよいかもしれません。そうしないと編集プロダクションの取り分が入り料金は高くなり、実際の作業担当者の取り分は低くなって、質の高い作業は期待し難くなりそうです。医療関係の専門知識がある人材を確保できないまま医学書、看護学書などの校正を引き受けている会社もあるようです。
フリーランスで医学書や看護学書の校正者、編者協力者をしています。よい図書を作りたいのであれば協力できます。こちらからご連絡ください。
重複削除、内容圧縮、平易な読みやすい文章への修正・リライト、読者としての意見陳述、構成変更の提案なども医学書出版社の希望に応じてやっています。医学専門書のゴーストライター経験もあります。
自社にはこんな問題はないと思っていても安心できません。気付いていないだけかもしれません。苦情をくれるのはほんの一部の人だけです。ネット販売でもおそらく書評を書いてくれるのはよほど親切な人だけです。大抵は黙って他の本に買い替えます。
ホームページに正誤表を掲載すればよいと考えている出版社の皆様、それで本当に大丈夫ですか。読者の立場で言います。私はその正誤表をまずみません。「この本はダメだ」と思って捨てる場合さえあります。